バンドマンはどこへ消えた?

マツミヤカズトのGEEKコラム

情報の民主化

かつて、活版印刷の発明によって知識や思想が一般人にも届くようになりました。
口頭伝承や楽譜でしか伝えることができなかった音楽も、録音技術の発明によって一般に普及するようになりました。
しかしその思想や音楽の内容を「作る側」は長きにわたって、選ばれた権力者や思想家、音楽家に限られていました。

そして現代においてついに、インターネットによって革命的に、一般人でもその「作る側」になれるようになりました。
SNSでも2chでもブログでも、誰もが平等に情報を発信することができ、また選び取ることができます。
これを「情報の民主化」と呼びたいと思います。

情報が民主化される前の時代、日本は新聞の「大本営発表」通りに戦争をし、テレビが連日「大阪万博70」の宣伝をすればみんながそれを見に行きたいし(来場者数6400万人ですって!)、大晦日には家族揃って紅白歌合戦を見るのが「普通」だったわけです。タピオカブームどころの騒ぎじゃないです。

「人生モデル」の選択肢が少なかった時代、若者(若者でなくとも)の多くはその「いくつかの人生モデル」の中から一つ選んで無理矢理にでも体を押し込めていかなければならないものだったのではないでしょうか。

もちろん、みうらじゅんのようにそこから大きくはみ出す人もいますし、まだ誰もそんなことやってない時期からバックパッカーとして世界を巡り「深夜特急」シリーズを書いた沢木耕太郎のような人もいますから、「多くの一般人にとって」です。
尾崎豊みたいな「大人になんてなりたくない」とか「型にはまりたくない」といった歌が当時は共感を得ていたのにも理由があるわけです。

今話題のお笑い芸人さんもそうです。吉本か松竹かナベプロか人力舎か・・・養成所に入学し、事務所に所属して修行するという道筋しかなかった(と思い込まされていた)んです。
養成所ができる前なら師匠の付き人から始めなければならなかった。

しかし情報があふれる、情報が民主化された現代においては違います。
自分がどんな行動をとるべきか選ぶ、または自分に何があっているのか何が好きなのかを探すことはとても容易になっています。

ホリエモンが「寿司職人になるのに何年も修行するのはバカ」と言って炎上しましたが、実際今や、自分で情報を探して自分で修行してミシュランの星をもらっている寿司職人がいます。

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メディアから与えられる画一的な情報を鵜呑みにして全員が全員同じものを好きになったり、みんながスーツを着てサラリーマンになったりOLになったりしていくのではなく、誰もが自分のやりたいことを(細かく)探して、謳歌できる時代です。
「巨人・大鵬・玉子焼き」の時代なんてとっくに終わってるし、逆にいうと、石原裕次郎や長嶋茂雄、美空ひばりのような全国民から愛されるようなスーパースターはもう現れません。

なんか、出て来る単語がずっと古いよね・・・。

「バンドマン」という虚像

そして「バンド」や「バンドマン」というものもどこかの時代から、間違いなくその「いくつかのモデル」の一つだったのではないかと思います。「バンドマン」なんていう一般化された単語があるくらいですし・・・。
(「型にはまりたくない若者」という「型」。皮肉だね)

別にバンドという文化が古いとか、ダサいから「バンドマンという人生モデル」が選ばれなくなったとかいうことではなく、みんながみんな野球かサッカーが好きだったり、バンドやってタバコ吸って酒飲んだり、みたいな、数種類しか生き方の選択肢がない(ように見える)画一的な時代はとっくに終わってるぞってことです。
なぜ終わったかと言えば、それはもちろんインターネットやスマホによって10年前20年前とは比べ物にならない量になった「情報」のおかげであり、飽和した画一的な文化構成からはみ出してきたサブカルチャーの台頭による「興味/嗜好の分散」のおかげです。

音楽の民主化

音楽に限っても、この10〜20年で大いに「民主化」が進んだと思います。

どんなジャンルだろうと聞きたいものを聞き、演奏したいものを演奏し、オリジナル曲ができればSound cloudでもyoutubeでも発表の場はいくらでもあります。

1960-70年代、高校生がエレキギターを買うと「不良になる」と怒られたそうです。当時のビートルズは不良の音楽です。ウケるw
(だからこそ本来「反骨精神」であるロックが面白かったとも言えるんでしょうが)

ところが今や、エレキギターを演奏してみたくなったら安くて品質の良いものを楽器屋に行くこともなく買うことができますし、演奏方法・練習方法の情報は「バンドやろうぜ」(懐かしい!)を買わなくてもyoutubeでいくらでも手に入ります。MacBookがあれば自分一人で壮大な合奏を作り上げることが可能です。

我々GEEK! GEEK! GEEK! だって、ちくげがDTMを使って複雑な楽曲をつくり(マジでイかれてます)、安価でレコーディングさせてもらい、CDをプレスすることができるようになったのもインターネットによる「情報の民主化」と、それによって起こった価格競争のおかげです。

インターネットが無かったら、詳しい人を探して、どうやってやるのかイチから教えてもらうか、そういう雑誌や書籍を必死で読み漁るしかなかったんです。
やり方がわかったとしても、レコーディングもCDのプレスも、素人がおいそれとできるような値段ではなかったはずです。

民主化による興味の分散

そんなに便利になったのに、なぜバンドマンは減っているのか、という疑問が残ります。
誰でも簡単にバンドを始められて、CDを安価で作れるのなら、もっと増えたっていいじゃないのよ、ねぇ?

でもそれも実は考えてみれば当然で、ある文化が民主化・多様化し、自由度が増すと同時に、一方で他の文化も同じように民主化・多様化されていますから、そちらへ行ってしまう人もいるのです。

「あさひなぐ」や「ちはやふる」という漫画を読んで薙刀/競技かるたを始めた女の子は、ひょっとしたら20年前ならガールズバンドでベースを弾いたのかもしれませんし、あるいは何にも興味がもてずふてくされていたかもしれません。
リフティングが得意だけどサッカーの他のプレイは苦手な青年は、昔だったら必死でサッカーのルールの中で頑張ろうとしていたでしょう。しかし現代においてはリフティングだけを極めて世界で活躍することが可能です。

「こんなに情報発信ができる時代なのに、バンド人口が減っているのはおかしい」と思う人がいるかもしれませんが、なにもおかしくないわけです。

船で渡るしかなかった不便な離島に橋がかかったとして、その離島は人口が増えるでしょうか。
多くの場合、逆に、人口は減ります。
その島に本当に住みたくて住んでいる人はずっと住み続けるでしょう。

しかしある人は、橋によって便利になって他の土地の情報が手に入り、そっちが気に入れば不便な離島からはさっさと出て行きます。

便利になったことによって、出て行く人も少なからずいるのです。
逆に便利だからこそ、すぐに帰って来ることもできますが。

「バンドマン島」だけを見ると人口は減っているかもしれませんが、隣の島やもっと大きく「音楽好き諸島」として見てみると、その人口は増えているはずです。
フェスに行くの(だけ)が好きな人、ボカロ作曲者、「歌ってみた」をyoutubeであげている人、カラオケ好き、おやじバンド・・・などなど。

僕は徳島ライブハウスサーキットイベント「若者たち2019」で偶然、「他の島」を見ることができました。

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